上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006.06.30 学級通信
先週高校の練習試合を見学に行った事が、家のチビノ学級通信に投稿してあった。

H君、僕は自分と同じポジションの選手を自分に置き換え、ケース毎に選手の動きを見た、無駄な動きが僕には多い、その反面カバーしなければいけない時僕はカバーに行っていない、もっと頑張らなくてはいけないと思った。

見学に連れて行ってよかった、他の子供達も何かをきっと掴んだと思う。

失敗は誰にでもある、その失敗を全員でカバーする、しかしこのチーム
失敗が重なる、簡単にランナーを次の塁に進めてしまう。
最初に失敗した者は悪い事をしたと思っている、それをカバーしてやるのが皆の出来る事、そえがチームワークに繋がっていくんだ。

一度だけ子供に試合中怒ったことがある、ピッチャー四球の連続、よし
内野ゴロ一つアウトに出来る?エラー、今度は外野フライ、落球、中継にボールを返すが暴投、カバーに行ったのが転倒、本当に漫画みたいな守備でした、四球は仕方が無い、一生懸命に投げての結果、簡単なボール位アウトにしてやれよ・・・・・・・・


お前達まで俺の敵か~


と、叫んでいたちょいワル親父が、そこにいた。





スポンサーサイト
キャッチボールの基本は相手の胸にボールを投げる、しかし子供達はなかなか相手の胸にボールがいかない。

そこで考えた、お互いの距離を15m開ける、自分達が立っている所より、左右2.5mの所にそれぞれポールを立ててキャッチボールを始める

ワンバウンド、ポールより外側、相手がジャンプしても取れないボール
、自分がボールを落とした時が負けのルールでのキャッチボール。

勝つには、スピードボールを投げかつポールの範囲内に投げ相手を左右に動かす、捕球から送球へのすばやい動作、正確な送球が要求される。

トーナメント方式で勝者を決めた、これが子供達に好評だった、ドッジボールの感覚で楽しく出来た練習です。

今では、雨降りの時の体育館での練習に取り入れています。

少しは考えたちょいワル親父
昨年監督に成って初めての大会、5分間のシートノックがあることは分かっていた。
しかし初体験あがってしまった、いつもの様にノックすれば良いのだが
なかなか思うような所にボールが飛ばない、子供達は練習どうり?悪送球、あと1分ですのアナウンス、どうにか8人は、上がってきた。
最後キャッチャーフライ1回2回3回空振り、もう時間が無い最後は恥をしのんで手で投げた、しかしコレマタ大暴投、無情にもシートノックをやめて下さいのアナウンス。。。。。赤面。



ちょいワル親父もっと練習しろ~。。。。
2006.06.27 練習試合見学
我チーム総勢11名のためか、試合でも練習でも声が出ない、また、挨拶も苦手のようだ。
試合にはまけるかもしれないが、声を出す事、挨拶だけでも相手に勝つぞと言っても小さな声での返事しか出来ない、そこで知り合いが居る高校の練習試合を見学する事にした。

朝、注意する事を話す、グランドに入る時出る時脱帽し挨拶、監督先生、部長先生、父兄、部員全ての人に脱帽し挨拶する事

自分が先頭でグランドに入る、部長先生が駆け寄り自分に挨拶して下さった、見本となるようおきな声で自分も挨拶をする、しかし、後ろから聞こえる声は小さな声。

一年生部員に案内される間、部員が私を見つけると、走り近寄り大きな声で挨拶をしてくれるが、やはり後ろから聞こえる声は小さい
本当に気落ちの良い挨拶をしてもらった。

試合の勝ち負けも大事だが、自分はそれよりも子供達の態度が大切だと思っている、とにかく大きな声での挨拶が出来無ければ試合は始まらない。

もっと、声出していこ~ぜ



自分がキャッチヤー志願で入った事はご存知だと思います、入ってすぐ
自分よりもかなりハイレベルルの同級生が二人もいたので、自分がレギュラーポジションなど無理なことは分かっています、だから、努力はするが、理不尽な事でやめるつもりは無かった。
しかし、人間にも我慢の限界は有る、三学期が終わり春休み練習をさぼりがちになる、一日休み、二日休み、等々春休み全休。
休んでいる間、自分はどうすれば悪しき伝統を無くせるのかと考えた、一人で何が出来る、出来る事が一つだけある、それは自分だけは理不尽な事を後輩にしない事だ。
部長先生にも相談しょう、そんな思いでに二学年の始業式の日、今日から新たに頑張るつもりで部室に行く。
一年の後輩が元気良く自分に挨拶する、初めての経験気持ちの良いものだ、どこからか「お前辞めたんじゃないのか」部長の声「えっ」
部長先生お前は、俺が春休み中どうして休んでいたのか聞くんじゃないのか、お前がそんなことだからこの野球部はダメなんだ。
自分一人では無理なんだ、こんな所に居たって人間形成に何の役にもたたないと、その日を最後に二度と野球部の部室には行きませんでした。

現在に至るまで何回か問題が有り、新聞等に出ました、その度にまだそんな事をしているのかと残念に思う。

みなさんは、そんなに思っていてどうして辞めるんだと、おしゃりたいことは分かります、そのとうりだと自分もおもいます、結局は自分が一番ダメなのです。

我後輩よ正々堂々やってるか!!!
上級生の言う事は絶対、縦社会にあっては当然の事、自分はその事については一部分は良いことだと思う、今に至ってはその事が本当に自分の為になっている。しかし、あまりにも理不尽な事が多すぎる、三年生が
一線を退いた後の二年生には呆れてしまった。
往復10Km位のランニングの帰りグランドが見えてきたその時、「何で
一年坊が俺達の前に居るんだ、俺達の後から来い」?だったら最初から俺の前走ってろよ、と思ったがそんな事二年生には言える訳がない。
毎朝のグランド整備の後、二年生に呼ばれる。向こうの軟式のピッチャーマウンドまで行ってピッッチャープレートを踏んで帰って来い「ハイ」、往復約400mダッシュ、二年生の所に帰ってくる、「おい、疲れたか」「いえ疲れていません」「なに、疲れてない手抜きして走ってるんじゃねえ」「ハイ」「も一度」、帰ってくる「疲れたか?」「ハイ
疲れました」「なに、疲れただ、もう一度行って来い」結局三往復、だったら最初から三往復って言えよ・・・・バカが。

高校野球って人間形成する為に有るんじゃないの?理不尽なことを教える為に有るの、こんな高校の伝統なんて・・・・・・
いつからこんなふうになったんじゃ・・・・・・

まだまだ、長くなりそうなので本日は此処まで、続きはまた後日。

何処の野球部もそ~だった?



最後に控えの二人、三年生、何故三年生が控え?
それは、昨年シーズン前どうしても人数が足りない、このままでは連盟にも登録出来ない、そこで同級生が勧誘し見事二人をゲット。

K・k君、サッカー一家の長男お父さんは少年サッカーの指導員、次男君もサッカー、k君小学生の時から野球をやりたかったが、サッカーに入った、何処の親もそうだが自分の子供には特に厳しかった、後にサッカーを辞めてしまった、その後は、野球がやりたいと言えずにいた、そこで渡りに船、お父さんもさすがスポーツマン、事情を理解していただき
今のkくが居る。しかしキャッチボールも初めて、ただ今猛特訓中
ガンバレ。

Y・U君、Y君も野球は初めて、お父さんは野球にソフトボールにと地域の
チームで活躍していたが子供とはキヤッチボールすらしたことが無い、
本人の性格かあまり意欲がない、もっとアピールしてガンバレ。

このところ、この二人が変わった、最初ベンチに入ったとき、何をして良いか分からない、声も出ない、そんな二人が今一番声をだしている、
ベンチで皆を引っ張っている、本当に有りがたい。

控えでも胸を晴れ!!!!!

レフトO・M君、一年生ながらなかなかのセンスを持っている、しかし、自分に酔いしれる所があり簡単なプレーの時にミスを犯してしまう、が
情熱はチーム一番、ガンバレ。

センターH・T君、兄もこのクラブの出身、高校でも続け現在大学で準硬
をしている、休みで帰郷した折に練習を見てもらっている。この弟君
全て自己流で一つ一つ直すよう心がけているのだが癖が直らない、基本の反復練習に心がけ、ガンバレ。

ライトT・Y君、エースピッチャーの弟君一年生、全体的にスローペース
も少し自分を出し元気にやってもらいたい、指導員の言う事を素直に聞く耳を持っている、ガンバレ。

一年生トリオガンバレ!!!
サードO・H君、次期期待のエース、この子は高校行っても野球を続けたいと言っている、球速は少々無いがコントロールが良く、何処のチームでも有りがちなフォアボールから崩れる事が無い。しかし、二年生で体格が一番だが気が小さいので少しでもいいからマウンド度胸を付けるようガンバレ。

ショート、キャプテンO・N君、何となく気弱でキャプテンには向かないと思う。しかし、キャプテンを決める時自分で立候補したのだからやる気は有るはずだがき気力が前面に出てこない。今までの何試合か見たが
ショートには不向きです、捕球、送球に難があり自分でも分かっているのかボールが来るとオドオドしてしまう、だからY・I君をショートにして外野になってもらう予定、キヤプテンだからこそ、あえて厳しく言った、負けん気を出してガンバレ。


あと三ヶ月ガンバレキヤプテン



ファーストO・T君、二年生、この子の守備には頭が痛い、ショートバンドの送球がほとんど取れない、左右にそれた送球も取れない、学童の時の指導者がベースを踏んで取ることを強く指導したため、少しそれたボールに対して足を離してボールを取ってからベースを踏むと指導するだが、なかなか癖が直らない、でも、あと少しガンバレ。

セカンドY・I君、二年生、この子の祖父は甲子園経験者、野球に対する熱意はチームでも飛びぬけている、指導者の言う事にも直ぐ反応してくれる、直ぐ反応する事と理解出来る事は違うのだが、素直さが一番
ガンバレ、後に書くのだが、この子をショートにコンバートしょうと思う。


次なる目標公式戦一勝


ピッチャーT・M君、学童の時より野球を続けている、球速はあるが
コントロールがいまいち、集中力が散漫なのか凡ミスが多い、簡単なピッチャーフライをお落としたり、簡単なゴロをファンブルしてしまう、全てに落ち着いたプレーを心がければ、もっと楽にピッチングが出来るのだが?三年生だけに後輩の面倒を良く見てくれる。


キャッチャーO・K君、これが我が息子、もう少し瞬発力が付き肩が強いと良いのだが、二年生の三月生まれなので仕方が無いかなとも思うのだが?ちょいワル親父に似て気が短い、しかし空手をしていただけに声が大きいのが良い。

ただ今、日本VSクロアチア後半戦開始、危ない場面の連続


ガンバレ日本!!!!!!


2006.06.17 今期初勝利
子供達の笑顔

ちょいワル親父は子供達の笑顔が見たく、日々奮闘。練習試合でも
勝ちは勝ち。

九月にはもう新人戦なので二年生ピッチャー初先発、余裕がない、投げるだけで周りすら見ることが出来ない、初登板だからしょうがないかな
これから少しずつ登板させなければ・・・でも合格点、勝ち投手おめでとう、これからもガンバレ。

三年生ピッチャー抑えで登板、二年生キャッチャー困惑、上級生とはやり難いようで明らかに先ほどとは違う、二年生でもキャッチャーがリードしなければいけないのだから、ガンバレ下級生キャッチャー。

いつもいつも同じミス、一つのミスが二つ三つと重なる、結果、簡単にランナーをサードまでやってしまう、練習で修正しているのだが・・・

ちょいワル親父の指導力不足


でも、勝ったぞー!!!!!
監督の仕事って、毎回の練習内容の組み立て、試合の時の采配、健康管

理、等が主な仕事。

練習内容は、自分が高校の時の内容で、中学生に適したものを思い出し

ながらやっている。本当は守備練習の時、ランナーを付け実践に近い

練習をしたいのだが11人しか居ないので無理ですね。

子供達の悪いところは分かっても、それを言葉で表現して

教えてやることがホント難しいでね、バットを振って、グローブ持って

こうやるんだぞ、と、言っても説得力が無い、そこで教本君のおでまし

走塁、内外野の守備編、バッテング、等々基本を自分の頭の中に叩き

込む、それで子供達との違いを指摘してやる、繰り返しているうちに

自分が高校の時に教えて戴いた事を思い出してくる、ちょいワル親父

も日々勉強です。

これ位、当時も練習熱心だったら、一年と一日で辞めなかったら、今こ

のブログハは書いていないかも。


冗談キツイちょいワル親父でした
ちょいワル親父に仕事があったのは、バッテング練習の時キャッチャー

の仕事、実は重労働なのです、だから、ちょいワル親父のお仕事。

上級生はそんな事しませんから。

同じ一年でも凄い奴はいる、キャチャー志願は四人、一人は自分と同程

度、あとの二人が凄い、自分とは別格、肩の強さ、体格どれをとっても

レギュラークラス、遠投100m怪物である。

後に、この二人はレギュラーを争う。

辞めていったなかで、チームを作った方が凄いチームが出来るのでは?

それ位凄いやつが辞めていった。

ちょいワル親父は、その中でも控えの控え。

レギュラー争いをした二人、一人はちょいワル親父より先に退部

今現在学童野球の監督をしている、県内でも強豪のチームです。

もう一人は、二年生からレギュラー、甲子園出場その後ノンプロに行く

今もどの高校もそうかな、理不尽なことをやらされているのかな?

優秀と思われる人が辞めてしまうのかな、悲しいね。

ちょいワル親父が一年と一日で辞めた訳、そろそろ、書こうかな?





2006.06.14 思い出
ちょいワル親父が入った野球部、1年生部員が約60名ほどでした。

一週間で辞めてく者、一ヶ月で辞めてく者、2学年になる頃には12名

程だったと思う。

毎日毎日ランニングに声だし、ボール拾いにと雑用ばかりで一人辞め

二人辞め段々減っていく、皆、憧れて入って来たのに可哀想でした。

ちょいワル親父の練習での仕事は、ちゃんとちゃんと有りましたから、

練習はキツカッタけど辞め様なんて思いませんでした、仕事が有るって

事は大事なことですね、必要とされている訳ですから。

ランニング、声だし、雑用だけで辞めてしまうなんて本当に可哀想

でしたね。

ちょいワル親父は、キャッチャー希望でしたから、バッテング練習の

時の鳥かごキャッチャー(バッテングゲージ)、ピッチング練習の時

のブルペンキャチャーでしたからボールに触ることが出来幸せ。

そんなちょいワル親父もカルチャーショック、カーブバッテングの時

学童野球(変化球投球禁止)も少年野球も経験有りませんから実際

カーブなんて見るのも、取るの初めて、上級生が空振り、ちょいワル

親父補球出来ず、にわかキャッチャーボロが出る、練習終了後個別指導

(これがまたオッカナイ)、お前の代わりは居るんだよ、ダメダメ

自分も、ランニング、声だし、雑用係だけで辞める?そんなのヤダー


俺は辞ないぞー










2006.06.13 今月の監督業
17日、隣村のチームと練習試合。

24日、同地区の高校の練習試合の見学、後にチーム練習。

その高校には、ちょいワル親父の奥さんの従兄弟の息子が居るので

監督先生に練習からの見学をお願いしもらったところ快く了解して

戴いた。

この際、全てのコネクションを使わない手はない、ちょいワル親父も

何とかして、子供達に一勝させてやりたい。

ちょいワル親父の力の無さを、周りの人からの力を戴きカバーする、

皆さんからの力でちょいワル親父も、日々成長していかなければ。

梅雨になりました、

雨の日の練習方法などありましたた、また、ご指導ください。

全国の野球少年よ体を労り日々頑張れ
強運の持ち主は何処にでもいる?そうは居ないでしょう、運も実力のう

ち。たまたまが重なり、全国大会出場したちょいワル親父の姉

高校総体たまたま記念の何十回大会、県で2チーム出場する事が出来た

その年の3年生、準優勝で行けちゃいました、運が良ければこんなもの

この高校が全国に一番近いと思い入る、しかし確約は無い、一生懸命

頑張るが、タイミングが悪い、もっと強い所があった、で、ダメダメ

そんなものです。

でも、ちょいワル親父はみなさんを尊敬します、3年間自分の目標に

向かって頑張ったこと、途中で諦めなかったこと、これからきっと何

か掴めるでしょう。

ちょいわる親父は何も掴むことが出来なかった


だから選手諸君目標に向かって頑張れ。
2006.06.11 考えて下さい
自分はけして、リトルとかシニアリーグを否定するものではありません

同じ野球ですから、と、言うと何処が同じ?と言う方もいますよね、

でも、同じなのです。

高校に行って、野球部に入り甲子園を目指す子どもたちは、決して軟式

だから不利とか、硬式だから有利とかは思っていません、

しかし、親にしてみればシニアリーグの方が有利ではと、思っていませ

んか、基本的には、子ども自身が3年計画で甲子園を目指せばいいので

す。

全ての競技にいえる事ですが、全国大会に一番近い高校は何処の県にも

あります、しかしそれがイコール全国大会出場ではありません、

運、たまたま、が重なり初めて全国大会出場となるわけです、自分の

姉がいい例です・・・・・・

続きは、また次回
今週も練習が出来ない。週に1回しか練習日がないのに、またまたダメ

学校の行事には勝てない中体連の大会である、10人がサッカー、卓球

の大会でいない。

昨日コメント戴いた練習もしてみたいのだが・・・・・

全てに勝てない

今日ふと考えた、昨年より8大会全て負け、唯一、昨年練習試合で1勝

この喜びを子供達に与えてやりたい、どうする、自分に出来るのか?

ちょいワル親父

今日も考えるちょいワル親父

でした。

同じ高校の野球の先輩に、お前此処の地区から甲子園球児を送り出した

いな、と、言われた事がある。

その方は、今私が教えているチームの初代監督である、えっ、無理

無理、・・・出来る訳ないよ、と、断ったのが15年位前、

今、自分が監督になってそんな大それた事は考えていない.

指導していると、時々先輩の言った言葉が頭の中に蘇る、でも、自分

が今やる事は他にある。

高校に行って即レギュラーの子供を育てることではない、中学生には

中学生のレベルがある、けして、背伸びをする必要など無い、高校で

野球を続けるなら、高校の監督さんに高校のレベルの野球を教えて

戴けばいいのです。

自分が有名になる、いえいえ違います、そんなことではありません

ちょいワル親父が出来ることは、子供達が一人一人持っている夢を

壊さないこと、後の事は、その段階の指導者におお願いするだけです。


子供達が、夢を持ち続ければ、子供達自身がその夢に向かって努力

します、自分は、ただ、お手伝いをするだけです。


野球少年、夢を持ち続けろ!!!



小学生の時の、5年生も6年生もそんなに体格差は無い、しかし

成長期の中学生になると、1学年の違いはおおきい、ボールのスピード

遠投が著しく違う。


1年生2人、2年生4人、3年生2人のチームと、相手は9人3年生の

チームと対戦、本年度初大会22対0、3回が終わり大会役員が私の処

にきて、キツイ一言。

本年度から5回7点差コールドゲーム成立前でも、著しく点差がある

場合試合を打ち切ることが出来る様になりましたので・・・・・・

これは、軟連の取り決めで一般にも適用されますので・・・・・

哀れみの令か?



自分の力の無さに、子供達には本当に可哀想な事をした。。。すまん。

でも、ちょいワル親父は負けない

お前達の為に頑張るぞー

我、息子に、今日どんな練習するの、と、聞かれるのが辛い
自分が高校の時にしていた練習をそのまま今の子供達にさせてもダメ

基礎、基本は取り入れてやっているのだが、すべてやらせるには、体力

的に無理がある。

人数が11人ほとんど即レギュラー、子供達に競争心が無く、困る

ランナーを付けて実践に近い守備練習もしたいのだが、人数が居ない

でも、いい事もある、守備、バッテング練習は、他チームの倍は時間が

取れる、でもね~??

どなたか、少人数でも出来る練習があったら御教え願いたい

日々奮闘、ちょいワル親父の監督業
学童野球(小学生)→少年野球(中学生)→高校野球→甲子園

リトルリーグ→シニアリーグ→高校野球→甲子園

学童野球→シニアリーグ→高校野球→甲子園

学童野球(小学生)→少年野球(中学生)→高校野球→明石球場

リトルリーグ→シニアリーグ→高校野球→明石球場

と、子供達は、多数この道を思い描いている、自分の頭の中は、硬式、

軟式と言う区別はない、ただ大人になっても野球を愛する人間に

なってもらえるだけでいいのです。

極端な話、高校から野球を初めても、自分次第で、全国大会には

いけるのです、現に、自分の同級生は、中学の時はバレーボール

をしていて、高校で野球を始め甲子園に行ったのですから。

選手諸君、野球が好きですか、ガンバレ・・・・・・・

自分でも経験したのだが、あまり勧められないことですね、

結局、1年と1日で野球部退部、でも、真剣に基礎を教えた戴いた

結果、今子供達に野球を教える事ができます、でも分からない事ばかり

で、だめですね。

でも、自分が出来ることは、今の子供達が、もし、校高に行き野球を

やりたいと、言った時に、高校の監督さんに、お前は中学の時、一体

何を習っていたのだ、と、言われない様にだけは、してあげたいと

思っています。

自分が、中途半端だっただけに子供達には最後まで頑張って貰いたい

ものですね。


今週週末、一年に一度のイベントがあり、野球の練習が出来ません。

このブログを書き初めてまだ、一度も監督業について書いていません

また、来週も中体連の、大会がありクラブの練習はありません、ここの

中学は驚くことに、部活で野球部が無いのです、社会教育の一環で、

スポーツ少年団として、活動しています、したがって、中学の部活は

野球以外の部活に入らなければならず、野球をしたい子供達も仕方なく

他の部活動をしています。

今、子供、父兄ともに、中学校に嘆願しているのですが、ななかなか

むずかしいですね、何とか私が監督をしている今、野球部が出来れば

と、日々、頑張っています。

これも、ちょいワル親父の監督業です




自分は美的的センスも、国語力も無い、ただの野球親父です、読みずら

くて申し訳御座いませんでした。

球歴PART2

自分が通っていた中学校には、野球部がなかった、何処の高校に進学

するか決めなければいけない時、なんせ、体育した取り得のない自分

は、スキー、サッカー、ダメダメ、どちらの有名校にしても下宿

ヤダァー・・・・・・

そうだ、野球、自宅から通学可能・・・・野球で良いじゃん

担任に、自分は甲子園常連校に行くと言った

担任、無言・・・・・・・・・・!!

セレクション受けてみる。。。ハイハイ喜んで

何故か合格、自分では今でも合格したのが不思議です。

こんなちょいワル親父が監督なんかになっても良いんですか
小学校低学年の頃は、近所の遊び仲間と広場で布(きれ)まり三角ベース、時代が感じられる。角材自分たちで削ったバットにグローブなし、これで野球が出来るのです。

小学校高学年の頃は、クラス単位でチームを作る、この頃になると、やっと、親からグローブを買ってもらえる、ユニホームなど無い、ただ、野球帽のYGマークを取り(この頃はYGしかなかった)スポーツ店でチーム名の頭文字のS(ストロングタイガース)俺は読売巨人軍だ
を親に縫い付けてもらった、帽子だけはお揃いだった。ルールは、自分達で都合の良いように解釈していた、その為、乱闘がたびたびありました。

こんな時代に野球をしていた、ちょいワル親父でした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。